2018年度「ピョンファ・エ・ダリ(平和の橋)韓国への旅」の報告です

 

2018年度 グリーンコープ共同体
ピョンファ・エ・ダリ(平和の橋)韓国への旅

グリーンコープ共同体主催で、第22回ピョンファ・エ・ダリ韓国への旅を開催しました。

日 時:2018年7月21日(土)~23日(月)
参加者:組合員9人 通訳2人 事務局2人
訪問先:独立紀念館、日本軍「慰安婦」歴史館、西大門刑務所歴史館、
    タプコル公園、ハンサリム生協城山店、景福宮・民族博物館

グリーンコープでは、平和の取り組みの一環として、日韓の過去を認識し未来に向けて市民が連帯することを目的に、韓国への旅に取り組んでいます。
2018年度「ピョンファ・エ・ダリ韓国への旅」は、今年で22回目を迎えました。日本による侵略の歴史を検証し、韓国の生協組合員との交流をとおして、市民の連帯を確認する「ピョンファ・エ・ダリ韓国への旅」の様子を報告します。
 
7月21日(土)
独立紀念館
韓国が日本に侵略されたことや独立運動をはじめとする韓国の歴史について伝える紀念館でした。兵役の間、ここを訪れると休みがもらえるなどの特典があるそうで、軍服の方たちや、家族連れやカップルの姿も多く見られました。韓国では小さい頃からしっかりと自国の歴史を学んでいることを実感しました。
 
7月22日(日)
日本軍「慰安婦」歴史館
「日本軍『慰安婦』歴史館」を見学しました。健康上の理由でハルモニ(おばあさん)たちとお会いすることはできませんでした。証言を収録したビデオや、当時の公文書や新聞、写真など見学しました。ハルモニたちが野菜を作っていた畑は耕せる人がいなくなってしまったため、新しい建物がたち、ハルモニたちの描いた絵や遺品が展示されていました。
西大門刑務所歴史館
戦前は日本からの独立を願った韓国の独立運動家が投獄され、戦後は韓国での独裁政権に立ち向かった民主化運動家が監獄暮らしを科せられた場所です。地下には拷問を行なう部屋がありました。ここにも子どもから大人まで、多くの方が見学に訪れていました。
タプコル公園
1919年3月1日、日本の植民地支配に抵抗して市民や学生が起こした「三・一独立運動」の発祥の地です。独立宣言書が刻印された八角亭があり、韓国中に広がっていった独立運動の様子が12枚の銅板のレリーフに刻まれていました。
ハンサリム生協との交流
ハンサリム生協から20名を超える方々が交流会に参加してくださり、たくさんの手作りの料理でもてなしていただきました。また、きゅうりキムチを作ったり、一緒に旅のアルバムを作ったりと、盛りだくさんのプログラムも用意していただきました。言葉や文化に違いがあっても、平和を願う気持ちは同じであることを実感しました。歌や踊りの出し物でも楽しみ、心に残る交流会となりました。
 
7月23日(月)
光化門・景福宮
高層ビルが立ち並ぶソウルの中心にある光化門広場にはハングル語をつくったとされる王様や豊臣秀吉の出兵から国を守ったとされる将軍の像があり、最近では「ろうそくデモ」が行われた場所です。朝鮮王朝の宮殿であった景福宮は、朝鮮総督府による意図的な損傷や撤去のため、現在も復元工事中です。
民族博物館
漢民族の生活史を時系列に展示しています。朝鮮時代の士族の家庭で、人が生まれてから亡くなるまでの一生を、儀礼を中心に展示するなど、韓国の冠婚葬祭をはじめ、伝統的な生活や文化がとてもよくわかる博物館でした。
ハンサリム生協城山店
生鮮食品からせっけん類までこだわりの商品が揃っていました。店内は落ち着いた色合いで統一され、すっきりとお洒落な感じです。値段が2種類あり、組合員と員外で違うそうです。通訳をしてもらいながら、たくさんの買い物を楽しみました。店舗の隣は組合員活動室。奥にはキッチンがあり、テーブルやいすなどの家具は木製で素敵でした。
 

<参加者の感想>
・私は、今年も「共生・平和長崎自転車隊」で「不戦」のゼッケンをつけて走行します。直接お会いすることは叶わなかったハルモニたちのことも思いながら走りたいと思います。今を生きている私たちができることは、人の尊厳を踏みにじるようなことが二度と行なわれないこと、そのために日常の中で平和を考えること、国籍や性別を超えて、「人と人」として互いを思いやり、尊重し、関係していくことを心に刻みました。ハンサリム生協のみなさんが、2日間の辛い史実を知る旅の途中で、歓待して下さったこともありがたいことでした。郭会長からの「グリーンコープとハンサリムの持続的な関係のために、続き、努力しましょう!」というメッセージに共感し、まずは私たちの連帯の関係を続け、守っていこうと思います。

・今必要なのはミサイルではなく、人々の安定した暮らしです。そのために、私たち市民レベルでの交流はとても大切で、続けていかなければならないと思いました。「ピョンファ・エ・ダリ―韓国への旅」が、これからもずっと続きますように。そしていつか、ハンサリム生協の方々をひろしまでもお迎えしたいと思いました。これからも母として、人間として、思いやりを持って行動していきます。

 ・この旅を通して、生命の大切さ、相手の人権を尊重することを強く考えました。自分のこと、自分の家族についても、思いを寄せる場面も多くありました。特に慰安婦の年齢を聞くと、自分の娘も生まれる時代が違えば、そうなる可能性もあったと思い、ぞっとしました。自分や自分の家族に置き換えて考えていくことで、より引き寄せて考えることができ、出来事の大きさ、酷さを思い知らされました。私たち一人ひとりが平和について考え、望むことで、これからの未来が作られていくと思います。

・歴史をきちんと知る事、そして知ったからには、きちんと伝えていくこと。国同士の関係ではなく、個人的に、市民レベルで交流していくことがとても素敵な事だとハンサリム生協との交流会でも強く感じることが出来ました。以前、会ったことのある人がたくさんいたので、友だちに再会できたような感覚で交流出来たことがとても楽しかったです。今回知ったことを、まずは家族に伝えます。「ピョンファ・エ・ダリ(平和の橋)韓国への旅」も22回となり、日本と韓国の歴史を知り、文化を感じ、交流を続けている事を組合員にきちんと伝えていきたいと思いました。

・日本と韓国の確執の大きさは、私が思っていたものよりかなり大きく、なぜ大きいのか多少なりとも理解でき、簡単に解決できることではないことも改めて感じた。そんな無力感を感じながらも、日本人個人を敵対視している人ばかりではないことも感じられた。市民レベルの友好的な交流を続けていくことは、微力ではあるが平和へつながる道だと信じられる機会となった。さらにグリーンコープが掲げる「不戦」についても思いが強くなった。今年の8月15日は例年とは違う思いで迎える日となりそうだ。

・近くて遠い国ではなく、最も近い国となるように、文化や歴史を知って民間レベルでの交流を絶やさないことが、未来への平和の懸け橋になると思いました。

・日韓の関係については、少しずつ時代が変わり、家族や大切な人を思う気持ち、相手を尊重する気持ちを忘れず、歴史と国を越えて、これからも平和の架け橋をお互い渡り続けられることを願いたいと思いました。

・現在も京都には耳塚があります。また1904年の日露戦争、反日義兵闘争、1910年から35年統治下においてしてきたこと、第2次世界大戦でおきた悲劇「慰安婦問題」、また「竹島問題」とまだまだ解決に至らないことがたくさんあります。日韓の歴史を知り、過去を受けとめる旅になりました。

・歴史を学ぶ事はその国の民族を知ろうとする事。それはその国の人たちへの尊敬と友情の現れだと思います。今回の旅ではさまざまな場所を見学しましたが、その中では、韓国と日本の辛い過去の歴史もたくさん学びました。韓国は自分にとって本当に近い国、それは距離もですが、仲良くしたい、心の距離も近い国だと思いました。“平和の架け橋の旅”この名にふさわしいこの旅を通して、これからお互いに友情を深めるために、これからも交流を続けていく事の大切さを感じ、またこの経験を生かす活動をこれからも何らかの形で続けていきたいと思います。

 
<旅を終えて>
「ピョンファ・エ・ダリ韓国への旅」は今年で22回目を迎えました。3日間の行程を通して、過去の日本の侵略の歴史、そして今も続く苦しみを知り、受け止めた上で過ちを繰り返さないためにいかに語り継いでいくか、また私たちにできることはなにかを考える機会となりました。目を反らさずに向き合うことは辛く苦しいことでしたが、知ろうとすること、人々の思いに寄り添うことが大切であり、平和を築く確かな一歩になったと考えます。
ハンサリム生協との交流では、心が解きほぐされ、家族を思う同じ母親、同じ女性として、言葉を交わし、心を通わせることができました。
この旅でこれまで積み重ねられた連帯を大切に受けとめ、今後も交流を重ねることで未来の平和へとつなげていきたいと考えます。

2018年10月18日

TOPへ