
1985年に起こった砂糖価格の世界的大暴落により、砂糖の島「フィリピン ネグロス島」は飢餓の島となり、その緊急支援に日本の生協や消費者団体が協力して取り組み始めたのがJCNC(日本ネグロスキャンペーン)です。募金や寄付は一時のこと、もっと継続的に彼らを支援することはできないか。そう考えたとき「ネグロスで生産されたモノを買う」という発想が生まれました。
彼らが生産したモノに、正当な対価を支払い買う。そうすることで、「施しを与える・受け取る」というのではない対等の関係が生まれる。こうして砂糖の島ネグロス島から「マスコバド糖」が日本の消費者に届けられるようになりました。その価格には現地の人たちが自ら生産と生活の基盤を作るための「自立支援金」が含まれていましたがその試みも初めてのことでした。これが「民衆交易」の始まりでした。その後、ネグロスからは「バランゴンバナナ」の輸入もはじまりました。
「民衆交易」がはじまって20年、商品は・インドネシアのエコシュリンプ・パレスチナのオリーブオイル・東ティモールのコーヒーへと広がっています。
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