ピョンファ・エ・ダリ(平和の橋)韓国への旅


グリーンコープ共同体主催で、第21回ピョンファ・エ・ダリ韓国への旅を開催しました。

日 時 :2017年7月22日(土)〜24日(月)
参加者:組合員6人 通訳2人 事務局3人
訪問先:独立記念館、日本軍「慰安婦」歴史館、西大門刑務所歴史館、
    タプコル公園、ドュレコープ生協鐘路店、景福宮・民族博物館


 グリーンコープでは、平和の取り組みの一環として、日韓の過去を認識し未来に向けて市民が連帯することを目的に、韓国への旅に取り組んでいます。
 2017年度「ピョンファ・エ・ダリ韓国への旅」は、今年で21回目を迎えました。日本による侵略の歴史を検証し、韓国の生協組合員との交流を通して、市民の連帯を確認する「ピョンファ・エ・ダリ韓国への旅」の様子を報告します。


7月22日(土)
独立記念館


韓国が日本に侵略されたことや独立運動をはじめとする、韓国の歴史について伝える記念館でした。家族連れやカップル、夏休みということもあり、たくさんの子どもたちが見学に来ていました。韓国では小さい頃からしっかりと自国の歴史を学ぶことを実感しました。


7月23日(日)
日本軍「慰安婦」歴史館

「日本軍『慰安婦』の歴史館」を見学しました。毎年多くの国民から寄付が集まり、寄付は歴史館の改装などにも活かされていました。交流当日朝にハルモニ(おばあさん)が亡くなられ、ハルモニとの交流はできませんでした。


西大門刑務所歴史館



戦前は日本からの独立を願った韓国の独立運動家が投獄され、戦後は韓国での独裁政権に立ち向かった民主化運動家が監獄暮らしを科せられた実際の場所です。
ここにも子どもから大人まで、多くの方が見学に訪れていました。




タプコル公園



日本に植民地支配されていた、1919年3月1日に起こった「三・一独立運動」の発祥の地となった場所です。独立宣言書が刻印された八角亭や、独立運動の経緯や韓国民衆の姿が銅板のレリーフに刻まれていました。



ドュレコープ生協との交流


ドュレコープ生協からは、10名の方が交流会に参加してくださり、手作りのビビンバやたくさんの料理で、もてなしてくださいました。お互いに自己紹介やこの視察を通して感じたことを伝え合う中で、言葉や文化に違いはあれども、平和を願う気持ちは同じであることを実感しました。歌や踊りの出し物で楽しみ、和やかな雰囲気に包まれた交流会となりました。







7月24日(月)
光化門・景福宮

高層ビルが立ち並ぶソウルの街中に歴史漂う光化門、荘厳な佇まいを見せる景福宮がありました。再建されたものではありますが、朝鮮王国の王宮は、スケールが大きく色鮮やかで、どれも目を引くものでした。



民族博物館



韓国の冠婚葬祭をはじめ、伝統的な生活や文化がとてもよくわかる博物館でした。




ドュレコープ生協鐘路店



こじんまりした店舗ですが、店内には、生鮮食品からせっけん類までこだわりの商品が揃っていました。
たくさん買い物を楽しみました。




<参加者の感想>
・頭で知っていた韓国と実際に目でみる韓国とではとても違いました。つらく悲しい現実を受けとめながらの視察があり、その一方でドュレコープ生協の皆さんとの心通う温かい笑顔の交流の時間を持つことができました。いろんな感情が押し寄せる中で、日本人として何ができるか、グリーンコープの活動をしている自分に何ができるのか、自分自身に問いかける旅となりました。
・韓国、日本両国の溝は一向に埋まる様子はありませんが、市民レベルでは、ドュレコープ生協の皆さんと出会う場をもち、心のこもったおもてなしを受け、あたたかく交流することができました。日本国民として正しい歴史背景を学習したならば、過去の過ちについて間違った認識を持つことなく、互いに尊敬しあえる関係がつくれるはずです。やはり教育が大切であると痛感しました。何ができるか考えたい、まずは今回初めて知ったことを伝えることからしてみたいと思いました。
・自分の目で見て、日韓の歴史について学ぶために参加しました。独立記念館では日本と韓国との歴史に対する温度差を感じました。一番印象に残っているのは「ナヌムの家」で、歴史館には実際の慰安所を再現した部屋があり、女性として非常に心が痛み、悲しい気持ちになる小さな部屋を見学しました。ドュレコープ生協との交流会では、言葉は違っても心が通じ合う感覚がありました。一人一人のこの交流が日韓関係において大切であり、わかり合える道だと感じました。真実を認識する大切さと、平和の意味と尊さを考える貴重な旅となりました。
・侵略や植民地支配をしていた時代に日本が韓国の人々にしてしまったことを知る旅は、とても辛い思いもしますが、歴史に目を背けることなく多くの日本人、とりわけこれからの世の中をつくっていく、若い世代にこそ経験してほしいと思いました。そして負の歴史だけを学ぶのではなく、人が人でなくなる戦争や侵略は絶対になくし、対話によって平和な世の中をつくっていくことが一番大切なことだと思います。
・日本にいると日本のことがわからないとつくづく思いました。自国の都合のいいところしか教育や報道はしないのではないか、どの国も民主主義とは名ばかりで、情報は操作され、国家の都合のいいように考えられる国民に作られている、自国を離れ一歩引いて見ると、色々感じるところがありました。だからこそ、民間レベルの交流が大事なのだと思いました。勝手に流れてくる情報に惑わされず、自分の目で見たこと、感じたこと、触れあったことでお互いの印象が変わりました。
・過去の日本が起こしたことは紛れもない事実で、どんなに謝っても変えることはできませんが、過去を知り、平和について改めて考え、未来を生きる子どもたちのためにも語り伝えていきたいと思います。


<旅を終えて>
 日本の侵略の歴史を正しく知り、慰安婦問題をとおして「平和」について考え、未来に向かって連帯を模索することを目的としたこの取り組みは今年で21回目を迎えました。教科書では知ることのない苛酷な現実を知ることは、本当に辛く苦しいことでしたが、そこには歴史の事実があり、参加者それぞれが目を背けることなく受けとめました。
 「ナヌムの家」訪問の朝に、ハルモニが1名亡くなり、「ナヌムの家」で暮らす方は6名となったそうです。(慰安婦だったと名乗り出られた方のうち生存者は37名)直接会って話を聞くことを続けてきましたが、残された時間に限りがあることをあらためて感じる出来事でした。
 ドュレコープ生協との交流では、温かい歓迎に、それまでの行程での張り詰めた気持ちが解きほぐされ、心かよう時間を過ごすことができました。こうした市民レベルの交流こそが大事であり、平和につながるものであることを実感しました。
 決して過去の過ちを繰り返さないために、また、未来の子どもたちに互いに尊重し合える関係を引き継ぐために、この取り組みを通して理解と交流を重ね、連帯を深めていきたいと考えます。

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