平和 不戦決議の解釈
不戦決議はグリーンコープの原点です。 不戦決議はグリーンコープの原点です。
「不戦決議」の各項目で表現されている内容についての解釈は次の通りです。

一、 戦争は最大の暴力である。兵器と軍隊は最大の暴力装置である。私たちはこれを否定する。
 そのままの意味。
二、 私たちは、平和と生命そのものには価値がない、平和と生命を賭して何を守るかに価値がある、という考えに、平和と生命そのものに価値がある、だから私たちは平和と生命を賭してでも平和と生命を守ろうとするだろう。しかし、むしろそれ以上に、私たちが平和と生命を賭してでも平和と生命を守らなければならない状況そのものを否定する、守る行為さえ肯定しない、という考えを対置する。
 「国のために死ぬのは泰山より重い」(毛沢東)や「武士道は死ぬこととみつけたり」という言葉がある。その言葉には生命そのものに価値がない、どのように生き死んだのかに価値があるのだという考え方が示されている。生命自体に価値はないということは正義や大儀のためであれば人を殺してもよいという意味が必ず含まれている。そうすると戦争が発動され正当化されていく。グリーンコープは生命と寄り添い、生命と共に生きていく。平和と生命を守るために平和と生命を賭してでもこれを守ろうとするが、守ろうとする行為を正当化することはしない。そうした行為が必要になったということ自体を問題にしていく。
三、 私たちは、平和は部分的に腐る、という現実には耐える。
 平和があたりまえの状態になると、それに飽き、いろいろな社会的事件が生じてくる。そういう現実には耐えていく。
四、 私たちは、法が暴力から人間を守る、しかし次の次元では法そのものが人間に対する暴力に転化する、悪循環である、という現実は見すえる。
 弱肉強食ではなく、人々は法による解決を望み、法律によって暴力から人間を守るというのが基本だ。しかし、その結果、その次には法そのものが人間を規制するようになる、そのような悪循環する現実はしっかり押さえておく。
五、 私たちは暴力の根源を人間の本性に還元しない。
 「人間とは、そういうものだ」などといった人間理解に同意しない。人間自らを対象化しさえすれば暴力と戦争へ突き進むことなどないと考えたい。大変だが人間はその困難を克服し、暴力と戦争から必ず解放されていくべき存在である。
六、 私たちは、暴力の根源は完全な情報公開、徹底的な話し合い、機敏で責任ある対応、この三つの構造的な欠落にあると考える。
 グリーンコープにとって、「情報の公開」は、生命についで大切なことだ。社会的な食品偽装問題で、他の生協は業者に名前を公表させた上に事故報告もさせ、自らの生協の名は伏せた。グリーンコープは販売者としての責任を明らかにし、社会に公表してきた。情報の公開の次に大切なのは「徹底的な話し合い」と「機敏で責任ある対応」。これらの不在こそが暴力の根源だ。
七、 私たちは今、平和と生命は生協運動にこそ不可欠であると思う。生協運動の自主性も地域性も戦争という最大の国家性と職業性に消される。
 「自主性」と「国家性」、「地域性」と「職業性」という概念が対関係を形成している。「国家性」は本質的に自主性を認めず、「職業性」は「地域性」を殺してしまう。生協の本質は、自主性と地域性の中にある。戦争は「国家性と職業性」の最大の発動を意味し、生協の存在を許さない。 以上のように、「不戦決議」は人としての自己表現、特にその自己中心性と根気よく格闘していく必要を訴えています。

「自己表現」は自分を生かす権利である。
人間の最も基本的な権利は、生存と自己表現の権利である。「生存の権利」とは、理不尽に殺されたりしない権利である。「自己表現の権利」は、自分を生かす権利である。分かりやすい例は「踊る」「歌う」「書く」など。「労働」も人間にとって最大の「自己表現」だ。労働を奪われることは自己表現手段が奪われることだ。自己表現の欲求は時間の経過と共に強まる。
グリーンコープは、そういう時代に誕生した生協である。従って、グリーンコープが人間の自己表現の欲求を尊重する限り、グリーンコープに参加する人はまだまだ増えていく。

「自己中心性」と根気よく格闘していく。
自己表現とは人間の基本的権利であり、自己表現は自己中心的になりがちな面があり、それによって他人を傷つけることを覚悟しなければならない。そのために自己表現そのものを抑圧するという方法がとられる。私たちはそうした解決方法に反対し、自己表現の権利を絶対的に尊重したいと考えてきた。そして、自己中心性と根気よく格闘していく。
自分を抑制して、他人から自己中心的に見えないように装うというのはやめ、お互いの関係性をつくっていこうと考えてきた。
しかし、人間は貧しい自己中心性によって、支配や抑圧をしようとしてきた。特に、正義の名のもとに「戦争反対!」と叫んだり、集団の中で残酷なリンチが行われ、人々が抑圧されてきた。グリーンコープはそうしたことと断固と闘ってきた。今後は、本気で自己と格闘していくことが必要だ。

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